「芸人の手拭い」 古今亭志ん朝
- 2015年01月03日
- お知らせ
待合室に飾ってあります。
志ん朝は寄席でも何度か聴いたし、その昔の在京時代、町並み保存会という集まりがあり、知り合いが急きょ行けなくなり、私が替わりに出席。確か場所は如水会館だったかしら。そこで志ん朝が出演し、「黄金餅」を口演。立て続けに町名をいうと、最後に場内から拍手が起きる。ところがこの会場ではシーンとしていたっけ。電気ビルで橘左近が上梓した記念パーティにも志ん朝が出席して、お祝いを述べていた。間近でみた。
最後に聴いたのは鈴本演芸場。現金原亭馬生の襲名記念の会。口上のとき、馬風にからかわれていたのが印象的。そのときの出し物が「義眼」
宇都宮落語を聴く会で住吉踊りを上演。そのときに志ん朝は出演。体調が悪い時期だったかしら。宇都宮が後だったかしら。度忘れ。
志ん朝は結婚して神楽坂、早稲田鶴巻町に住んでいた。鶴巻町の時、近所の知り合いが志ん朝を知っていて、息子が親父そっくりと話してくれた。私が当地へ越してきてから、矢来町に居を移した。テレビでも紹介して、そこから数歩のところに峰隆太の家もあった。亡くなったあと、矢来町の志ん朝宅を訪れた。なな、なんと、学生時代下宿をしていた横寺町から徒歩一分のところにその家はあった。今どうなっているんだろう。
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