浮足立つの意味
- 2015年03月13日
- ごじゃっぺ高座
先日友人にメールを送り、その中に浮足立ったという表現を使った。私の考えていた意味は、調子に乗ったということ。その後、何の気なしに国語辞典を調べたら誤用と判明。本来は逃げ腰になるという意味。これじゃ私の考えていた意味とは全く違う。すぐ誤用ということでメールを送った次第。
ある議題について話し合った。ごく少数の反対派。ある意見が出て、それが反対派と同じとなり、その反対派が浮足立ったと、、、、私とは全く意見が違ったので、その反対派の喜んだ状態を上記の表現にした。その反対派が逃げ腰になったわけじゃない。その反対派の態度が私の思っていた表現に近かったので、誤用となってしまった。なお、その反対派の意見は多数決で否決された。
クダラナイという表現。これはその昔、京都から土産等が江戸へ届く。昔は京都から届くものは下りモノといって重宝したようだ。今は違う。JRは東京駅から出発するのは全部下りという表現。こりゃ関係ないか。舶来品を重宝すると同じような感覚。京都産はいいということで下りもの。その逆はよくないらしい。クダラナイ。そんな意味かしら。先ごろ読んだ本に載っていた。釈迦に説法でしたね。
在京時代の話。首が回らない。意味わかりますよね。その表現を使うのに、左団扇という例えを使った輩がいた。座が一瞬シラケた。仲間の一人が逆の意味だよと優しく説明した。私も側で聞いていて、優しく接した仲間に心の中で拍手をした。私も人のことは笑えない。私自身おかしな使い方を過去に何度も注意された。そうやって日本語の意味を覚えてきたんだから、、、そうそう、その優しく接した仲間の一人は大学の先輩。あるとき、その先輩の前で、ある作家のことを「ことうざわ」と表現した。その先輩曰く、胡桃沢と読むんだよと、、、とかく日本語は難しい。
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